日经春秋 20151107

あなたの夢をあきらめないで――。そんな歌詞に励まされた人も多いかもしれない。この歌「夢をあきらめないで」などで知られるシンガー・ソングライター、岡村孝子さんが９月末、都内でコンサートを開いた。掲げた題にずばり「渋谷公会堂ファイナル」とあった。

▼渋谷区役所の隣にあるこの公会堂で岡村さんが開いた音楽会は、1987年から計14回。建て替えで先月閉館した。消える空間への愛惜の念による命名だ。岡村さんだけではない。大きさが手ごろで客席と舞台が近く、立地も便利な「シブコウ」は若いミュージシャンの目標であり、ベテランを含め広く音楽家に愛された。

▼なじみ深い都内のホールが老朽化などで次々と姿を消していく。新宿コマ劇場、東京厚生年金会館、日本青年館はすでになく、日比谷公会堂も来年春から改修に入る。各種公演に支障が出始め、音楽家などの団体が対策を求めて会見を開いた。身近な場所から使い勝手のいい舞台が消えれば、人々の文化体験も痩せていく。

▼脚本家の山田太一さんが日比谷公会堂の思い出を書いている。戦後まもないピアノ独奏会からサルトルの講演会まで、何回も足を運んだ。時は流れ、講演する側として壇上に立つ。控室の立派さ、客席の近さ、古びた雰囲気などを前に、改めてこの空間を大切に感じたと記す。歴史を持つホールもまた都市の財産といえる。