天声人語 20151212 トランプ人気の懸念

聖夜の近づく季節だが、アメリカでは日本ほど無邪気に「メリークリスマス」を口にできない。他の宗教を信仰する人への配慮から、あいさつも宣伝も無難な「ハッピーホリデーズ」が広まった。それに憤る牧師を在米中に取材したことがある▼「公立学校では『きよしこの夜』もだめ。クリスマスツリーはコミュニティーツリー。米国の宗教的伝統に対する迫害だ」。クリスマスを取り戻せ、という牧師の活動に広く賛同が集まっていた▼多文化主義の流れのなかで、少数者を尊重してきた国である。一方でそれを「きれいごと」と苦々しく見る人もいる。「建前優先の社会に一石を投じることができた」と牧師は語っていた。そんな１０年前の取材を、トランプ氏のニュースに思い出した▼米大統領選への出馬を狙う不動産王は、過激な発言が止まらない。移民などへの暴言や放言を繰り返している。ところが言いたい放題が受けて、共和党の候補者争いでトップを走っている▼「本音で語ってくれる」というのが理由の一つらしい。多民族社会の建前にあからさまな言葉で穴をあけて、民衆の溜飲（りゅういん）を下げるのがうまいと聞く。テロを追い風に、その勢いは、社会の不安や不満を吸って膨らむ風船を思わせる▼遠そうに見えて、メリークリスマスが封じられる不満とトランプ人気は実は近い。建国このかた、多様な移民の受け入れは米国の象徴だった。不寛容と排斥の言葉に社会がからめとられていかないか。海の向こうが気にかかる。