日语小说连载_6

来源:互联网 发布:淘宝做刷客有风险吗 编辑:程序博客网 时间:2024/04/28 22:33

  6


 用賀が店を出て行くと、鮫山は都島署の捜査本部に電話を入れた。今しがたの会見について船曳警部に報告するためだ。私はぬるくなったコーヒーを飲みながら、火村に話しかける。
「どうやらエラリー・クイーンの『Yの悲劇』とこの事件とは無関係らしいけど、Yに縁が深い事件ではあるな。被害者のイニシャルが山元優嗣やからY・Y。彼が遺したダイイング・メッセージも壁に記したY。『やまもと』という意味不明の言葉もYで始まるし、凶器の形もY。ついでに、彼がいたバンド〈ユメノ・ドグラ・マグロ〉のイニシャルもYか」
 友人は黙ってキャメルをふかしている。
「壁のYは、何かを書きかけて中絶したものやから、意味が判らんのは仕方がない。奇妙なのは声で遺された『やまもと』というメッセージや。これはやはり、被害者が自分の名前を口にしただけなんやろうか?」
「そうかもしれない」
「あるいは、何か別の言葉やったのを、沢口彩花が聞き違えたのか?」
「とも考えられる」
「お。さっき人のことを『煮え切らない奴』と言ってくれたわりには、奥歯にものを挟んでしゃべるやないか」
「料理が本当に煮え切ってないんだから、仕方がないだろ」
 このへらず口にとっさに切り返せないのが悔しい。少し考えてから、やっと言い返す。
「待ってたらその料理は煮えるのか? ガス焜炉《こんろ》のスイッチが入ってなかったりせんとええんやけどな」
「それは大丈夫だろう、多分」
 それならこのへんで味見をさせろ、と言いかけたところで、鮫山の電話が終わった。彼は電話をしまいながら、
「失礼しました。これから会う浜本欣彦について警部から情報を仕入れていたものですから」
「浜本がどうかしたんですか?」と私。
「事件当時の彼のアリバイについて、裏をとろうとしていたんですよ。彼にとっては残念ながら、どうやら成立しないみたいです」
 警察は彼を積極的に疑っているのだろうか?
「浜本欣彦が山元優嗣に対して抱いていた嫉妬心が犯行の動機だとお考えなんでしょうか?」
「それも考慮に入れています。もう一つは、例の『やまもと』です。あれは被害者が『はまもと』と言ったのを沢口彩花が聞き違えたのではないか、という説を唱える刑事がいるんですよ」
「それはないでしょう」私は苦笑してしまう。「『やまもと』と『はまもと』では確かに子音一つしか違っていませんけれど、イントネーションがまるで別物です。そりゃ、二つの抑揚が一致する地方もあるかもしれない。でも、被害者は大阪生まれの大阪育ちだったんでしょう? 聞いた沢口彩花も大阪の人間だった。そんな錯誤が生じるとは信じられません」
「私も有栖川さんのお考えに同感です」と警部補は認めながらも「しかし、被害者と交遊が深かった人間から洗っていくのは常道です。死に際のことですから、『やまもと』の抑揚が非情にいびつだったのかもしれませんしね」
 苦しい仮説だ。しかし、鮫山はさらにこう続けた。
「ただ、『はまもと』説を採用すると筋が通ることもある。壁に書かれた血文字のYに説明がつきやすくなるんです」
 つまり、こういうことか。優嗣は「浜本欣彦にやられた」と言おうとしたのだが、それがうまく彩花に伝わらなかった。彼女には「やまもと」としか聞こえなかったようだ。そうではない、と言いたいのに声が出ない。そこで、彼は人差し指に血をなすりつけて、壁に『YOSHIHIKO』と記そうとした──
 私は火村に顔を向けた。
「もしかして、火村先生の推理も『はまもと』説なのか?」
「だったら、有栖川センセに軽蔑されるんだろうな」
 ああ、されるとも。臨床犯罪学者という看板──私が与えたものだが──も下ろしてもらわなくてはなるまい。
「大きく譲歩して『やまもと』は『はまもと』の聞き違えだった、という仮説を認めたとしても、壁のYの解釈に納得がいかん。犯人は浜本欣彦である、と伝えたいんやったら、他に書き方がいくらでもあるやないか。平仮名の『は』、片仮名の『ハ』、あるいは漢字の『浜』と書くのが自然で合理的や。ギヴン・ネームの『よしひこ』と書くにしても、わざわざアルファベットで表記するのは不合理すぎる」
「お前の言う通りだ」
 助教授は力強く頷いた。どうやら『はまもと』説は脳裏になかったようである。ならばよい。私はとりあえず、はずしかけた看板をもとに戻した。
 では、お前はどんな仮説を構築しつつあるのか、と質《ただ》したかったのだが、鮫山に遮られた。そろそろ浜本との会見場所へ移動しなくてはならない、と言って伝票を手にするので、やむなく私も腰を上げた。冷房の効いた店から出ると、先ほどまでより湿度が上がったようで、むっと暑かった。
 七月初めの日は長い。六時が近いのに、太陽はまだ見上げるほど高いところで輝いている。若者文化が充溢《じゅういつ》したカラフルな通りを行く女の子たちは、すでに大胆に肌を露出させていた。あちらの店、こちらの店から流れてくる音楽が路上で入り混じる。音楽を掻《か》き分けるようにして、私たちは浜本と待ち合わせている次の店へと急いだ。先ほどの喫茶店で用賀と一緒に話を聞くこともできたのに、あえてそうしなかったのだ。
〈ユメノ・ドグラ・マグロ〉のリーダーが指定したのは、無国籍料理を売り物にしたレストランの階上にある喫茶店だった。こちらは狭いだけでなく、洞窟のように薄暗い。先ほどの喫茶店よりはるかに癖の強い店だ。壁にはシヴァ神を描いたタペストリーが掛かり、店内には香とシタールの音色が漂っていた。ぴっちりとタイトなTシャツを着た金髪の男が、隅の窓際の席に座っていた。白濁した飲み物をストローで啜《すす》っている。優嗣の部屋に貼ってあったチラシで見覚えがあった。目が合うと、鮫山が「どうも」と片手を上げる。
「用賀さんと話したところなんでしょう? 彼から電話がありました」
 浜本は挨拶抜きでそう切り出した。テーブルのグラスの傍らには携帯が置いてある。
「お互いの腹の中を探ったり、告げ口がしやすいように、僕らを分けて聞き取りということですね。隠すことなんかないのに。刑事さんたちとどんなお話をしたかは、全部教えてもらいました。彩花からも電話がありました。そちらが犯罪学者の先生で、こちらが推理作家さんですね?」
 彼は正しく指摘した。
「告げ口を期待しているわけではありません。プライバシーに関係するので仲間の耳には入れたくない、というお話もあろうかと配慮しただけです」
 鮫山は紳士的な口調で言ったが、相手が納得したかは怪しかった。私たちがメニューからめいめい冷たい飲み物を注文するのを待って、浜本は質問をぶつけてきた。
「皆さんは本気で僕を疑っているんですか? 何度も話を聞きたがるし、バイト先にも刑事さんが聞き込みにきたそうだし」
 他のメンバーから何度も話を聞いているし、バイト先に刑事が出向いたのは捜査の必要上やむを得ないことなのだ、と警部補は説明した。それでも浜本の緊張はほぐれないようで、腕組みをしたまま尻をもぞもぞと動かし、何度も座り直す。そのたびに、喉仏《のどぼとけ》の下でチョーカーが揺れた。眉が上がった精悍《せいかん》な顔つきをしているわりには、神経質なのだろう。
「刑事さんたちにいらぬ告げ口をした、と用賀さんが気に病《や》んでいましたよ。僕と優嗣の間でトラブルがあったなんて誤解しているのなら、すぐに頭から振り払ってください。うちのメンバーはうまくいっていたんだ。アルバムもできたし、これから力を合わせて伸《の》し上がっていこう、というところだったんです」
 鮫山は、ひとまず相手の言うことに理解を示してみせる。なるほど、それはよく判る。その上で、しかし、と続ける。捜査官として、関係者のアリバイはすべて検証しておかなくてはならない。そういう因果な商売なのだ、と笑ってみせた。
「まあ、いいでしょう」浜本もつられて笑い「それで、僕のアリバイはどうでした? 見事に成立ですよね?」
 余裕をみせかけた彼だが、鮫山の答えを聞いて「まさか」と再び気色《けしき》ばんだ。
「アリバイは認められないって、そんな馬鹿なことがあるもんですか。僕は独りで部屋にこもっていたんじゃないんですよ。心斎橋の雑踏の中にいた。そこでせっせとティッシュを配っていたんだから、千人単位の人間とすれ違っている。僕が五時から十時半まで心斎橋にいたことは確認できたでしょう。優嗣のマンションで十時前にあいつを殺すなんて、不可能だった」
「それが、調べたところ、どうもうまくないんです。あなたは大勢の人間と接触しすぎたようです」
「……どういうことです?」
 浜本は剣を象《かたど》ったチョーカーをいじっている。
「何千人とすれ違おうが、何百人にティッシュを手渡そうが、みんな赤の他人のあなたのことなんか記憶していない、ということですよ。あなただって、そうでしょう? 鳩《はと》の群れにパン屑を撒《ま》いていたのも同然で、どこの誰と会ったのか、証言できっこない」
「それは判っていますよ」と浜本は認める。「千人単位の人間と言ったのは言葉の綾《あや》です。でも、僕があの時間にソニータワーの半径五十メートル以内でティッシュを配っていたことは、バイト先のマネージャーが知っているはずだ。僕らがちゃんと仕事をしているかをチェックするため、三十分から一時間おきに巡回していますから」
 鮫山は首を振った。
「男性用と女性用をきちんと分けて配布しているか、一人に一個ずつ手渡すというルールを遵守《じゅんしゅ》しているか、をチェックして回ることになっているんだそうですね。それを破ったら馘《くび》だ、とあなたたちは契約時に釘を刺されている。しかし、それは建前《たてまえ》だったようですよ。あの日、あなたの雇い主であるテレホンクラブのマネージャーは、一度もアルバイトの勤務態度をチェックしていない。私たちが確認できたのは、あなたが昨日の午後五時に前のアルバイトからティッシュ配布を引き継ぎ、十時半に配りきれなかった分を台車に積んで事務所に帰ってきた、という事実だけです。つまり、アリバイは成立しないことになる」
 浜本は、金色に染めた頭髪をぽりぽりと掻き乱した。
「どんな甘い捜査をしているんでしょうね、警察は。マネージャーが巡回をさぼっていたんだとしても、僕が汗水たらして働いていた姿を目撃した人間はいくらでも探し出せるじゃないですか。たとえば、付近で同じようにティッシュやチラシを撒いていたアルバイトや、近くの店の店員だとか。そういったところまで調べてくれましたか?」
「はい。残念ながら、結果はあなたが望むものではありません。金髪の若い男性がティッシュを配っていたような気がするが、という証言しか得られませんでした。顔なんか覚えていない、そもそも顔を見ていない、という証人ばかりで。ビルの陰にティッシュの箱をのせた台車が長時間にわたって放置されていた、という話なら聞きました。あなたにとって、有利な証言ではありませんね」
 浜本は大いに失望したように見受けられた。しかし、すぐに口の端を曲げてにやりと笑う。
「そうかそうか。ティッシャーなんて、透明人間も同じということか。いくらド派手な金髪にしていたって、そんなものはロック野郎の制服みたいなもんだし。いい題材をもらったな。『見えないアリバイ』とかいういい曲が書けそうだ。うちのバンドっぽくていい。どうです、転んでもただでは起きないでしょう?」
「さすがはソングライターですね」
 私がおだてると、うれしそうだ。
「不愉快な経験をしても、それがネタにできる仕事って、いいですよね。小説家もそうでしょう?」
「ええ、まぁ」
 好んで不愉快な経験をしたくはないが。
「僕らの曲、聴いてもらえました? 夢野久作からバンド名を採ったわりには、少しも夢野っぽくないけれど」
「やっぱり『ドグラ・マグラ』からきているんですね?」
「当たり前ですよ。うちのロックが目指しているのは脳味噌がでんぐり返りするような切支丹伴天連《キリシタンバテレン》の幻魔術です。……って、僕が回転寿司屋で鮪《まぐろ》をつまみながら思いついた名前だから、いいかげん極まりないですけれどね。──どんな音楽をやってるか聴いてもらえましたか? まだ? それじゃ、これを差し上げます」
 彼は足許に置いていた紙袋をまさぐって、カセットテープを取り出した。レーベルに『MONK』と書いてある。ジャズ・ピアニストのセロニアス・モンクのことか? まさかマシュー・グレゴリー・ルイスのゴシック小説から採っているのではあるまいな、と思ったらそちらが半分正解だった。
「ぶつぶつ文句をたれる、の文句です。M・G・ルイスの小説の破戒僧《マンク》と掛けてあります。デモ用テープなんで一曲しか入っていませんが、宅録のわりにいい音質ですよ」
「読書家なんですね」
「体育会系のミュージシャンにはなりたくないもので。日本人は、すぐそうなるでしょ。感じたことだけを歌にして喜んでいる。イギリスなんかじゃアイアン・メイデンがコールリッジの『老水夫行』をそのまんまヘヴィー・メタルにしたりするのに。歌がそこそこうまいとか、それらしく作曲ができるというだけで、知性は人並み以下の奴が創る音楽って、くだらないと評する以前に、存在として不潔ですよ」
 自分たちのバンドを〈ユメノ・ドグラ・マグロ〉と命名するセンスはいいのか、と皮肉ってみたくなったが、雑談に流れてはいけない。私は礼を言ってカセットをポケットにしまう。彼が自分の音楽に絶大な自信を有していることだけは判った。
「〈ユメノ・ドグラ・マグロ〉というバンドは浜本さんを中心に回っていたんですか?」
 この訊き方は、彼のお気に召さなかった。
「僕が一人で好き勝手やっていたバンドじゃない。チームワークのいい、バランスのとれたバンドだったんです。僕だけが曲を書いていたのでもありません。優嗣の曲もライブでしょっちゅう演奏していました。中にはいいのもあったけれど……」
「あまり受けなかったんですか?」
「というよりも、彼自身が満足していなかったというべきかな。どれかアルバムに収録しようと思っていたら、あいつがノーと言った。『俺の曲が入ると温《ぬる》くなるからやめよう』って。そのへん自分に妥協せず、厳しくて、『俺の歌には欠けているものがある』と言い切っていた」
 謙虚なロックンローラーだ。火村が突っ込む。
「何が欠けている、と彼は考えていたんでしょう?」
「色々なものが足りないと感じていたみたいです。『人間に対する悪意が弱い』とカッコつけてたこともある。『他人の悪意を受けとめたことがない』なんて、気障《きざ》なことも言っていましたね。そんなことより、もっとエフェクターを器用に使いこなせるようになって欲しかったのに」
 彼は淋しそうに目を伏せてから、すっと顔を上げて私たちを端から順に見る。
「こんなことを言っても犯人の白々しい演技だと思われるのかもしれませんが、僕は昨日からめげています。『素敵な女性からの電話が鳴りっぱなし』てなアホ丸出しの広告を配っている間に大事な友人が殺された、と思うと悲しいよりも腹が立つ」
 それから、鮫山に焦点を合わせて強い調子で訴えた。
「あいつを殺した犯人を必ず捕まえてくださいよ。もたもたしてると、警察侮辱的な歌を書いてメガヒットさせてみせる」
 浜本との会見は、あまり収穫のないままに──私にはそう感じた──終わった。先に店を出た彼が大股に去っていくのを、窓から見送る。鮫山が、何故かこくりと頷いた。
「とりあえず浜本を張ってるんですよ」
「……張っている?」
「あそこに森下がいます」
 通りに視線を戻すと、バックプリントのTシャツにジーンズの若い男がどこからか現われ、浜本の後をつけて歩きだしていた。言われてみると、それは鮫山の部下の森下刑事の後ろ姿のようだ。いつもアルマーニのスーツで決め込んでいる彼だが、今はアメリカ村に溶け込んでいる。この近くで、適当なTシャツを調達して着替えたのかもしれない。
「しかし……ええんですかね、大阪府警の刑事があれで」
 背中にプリントされているのは、赤・黄・緑のラスターカラーに塗り分けられたマリファナの葉だった。