天声人語 20150205

脚本家の小山内（おさない）美江子さんは１９９０年１１月、ヨルダンの首都アンマンに飛んだ。イラクがクウェートに侵攻した結果、大量の難民が発生していた。不自由を強いられる彼らを助けたいと、難民キャンプでのボランティアを思い立った▼「ヨルダンの人は、ほんとうに人なつっこく」と著書に書いている。キャンプに配属されていた現地の警察官は、日本が被爆国であることを知っていた。戦争には負けたが、戦後は武力にものを言わせず大国になった日本を尊敬している、と話した▼小山内さんが意外に思ったのは、彼らが日本に親近感を抱く理由だ。ヨルダンには国王、日本にも天皇陛下がいて、王室と皇室が親しく交流しているから、と言うのだった。その長く続く友好関係は今日に至るまで変わらない▼「私たちの心は日本とともに」。「イスラム国」による邦人人質事件で、アンマンの人々は日本大使館前に集まって哀悼の意を表した。今度は私たちが、ヨルダン軍パイロットのムアーズ・カサースベ中尉を悼まなければならない。怒りとともに▼きのう公開された動画に言葉を失う。これまでのどの映像よりも残虐で凄惨（せいさん）だ。そこに玄人はだしと見える編集技術が駆使されていることが、一層神経を逆なでする。「過激派組織」という枕詞（まくらことば）ではもう言い尽くせない域に、その狂気は達している▼人懐っこくて穏健なイスラム教徒と、命を何とも思わない狂信者を分かつものは何か。解きがたくても問い続けなければならない。